文化・芸術

2014年10月22日 (水)

松江の水郷祭

Sn3t00510001


高円宮典子様の結婚式で今何かと話題の松江市。
毎年8月上旬に行われる水郷祭の大迫力花火。いつもこのタイミングは決まった仕事が入っており,花火は一生観れないのかもしれないと思っていましたが,世の中何が起こるかわからないもの。
台風で順延となり,しかも2日間かけてやるものを1日に凝縮して8月の最終土曜に一気に行ってしまうという異例の措置が今年はとられたのであります。
宍道湖の湖畔から眺める花火はやはり圧巻でありました。
そして「東京に比べて人が少ない!」このストレスフリーが何物にも代えがたいものでした。




2013年10月 4日 (金)

植田正治美術館

P8282355

あの土門拳と一緒に写っている写真があり,驚いた。さらに驚いたのは,福山雅治の94年「HELLO]のCDジャケット写真を撮っていたこと。すでに遠い昔に売ってしまって後の祭りだが,なんとももったいないことをした・・・。
若気の至りというべきか。価値がわからなかったんだなぁ・・・

「砂丘モード」と「家族」。どちらも有名な写真。前衛的な中にもどこか温かい空気感が漂う。絵も同じだだけれど,やはりその人の人柄が表れるのだと思う。





2013年8月18日 (日)

お盆に都心

Sn3t0020_2

8月15日の新宿はとても暑かったですが,思ったほど人も多くなく,いつもよりスムーズに行程を進むことができました。人の波に呑まれてヘトヘトになるのがいつものパターンであると思えばなおのこと。

「遊ぶシュールレアリズム」展,なかなか良かった。
ときどきこういう作品を見て脳を混乱させないといけません。予定調和ではだめなのです。




2013年8月 4日 (日)

芸工大

Sn3t0007

山形市内の中心部から少し小高くなった山の方に芸工大はあります。
学内に入るなり道端の階段でスケッチをする学生・・・,さらには顔料をつくる授業に遭遇したり。みんな力任せにバシバシバケツの中の材料を叩き潰しています。みんなでやっているとなかなかすごい光景です。
そして,キャンパスの中央棟では常に展覧会が開催されています。懸賞金付きのモデルデッサンコンペなども不定期ながらかなり頻繁に行われています。なにより教授と学生の距離が近い!
まさしくアートオンリーの4年間。羨ましくもあり,常に自分と向き合う壮絶な戦いが待っていることへの恐ろしさも感じた訪問でした。




2012年12月26日 (水)

キエフバレエの優美な踊りと衣装に感動

Sn3t00010004_2

東京国際フォーラム(有楽町)のクリスマスツリー。熊で彩られています。


ホールAでキエフバレエを鑑賞してきました。
やはりクリスマスといえば「くるみ割り人形」。踊りが優雅で素晴らしいのはもちろん,舞台セットの一つ一つや衣装の細部に至るまで,本当に色やデザインが凝っていて,そういったところも本場ウクライナならではの感じでした。

くるみ割り人形が王子に変身して,クララと一緒に踊る名シーンに,僕のすぐ目の前の女性の観客が感動のあまり,身を乗り出していらっしゃったのが印象的でした。
白馬の王子神話は健在なのでしょうか。






時々ふと聴きたくなるミシェル・ルグラン

2010年11月10日 (水)

航空祭

Img_0535_2

自宅近くの飛行場で年1回開かれる航空祭に行ってきました。

初めて出かけたのですが,天候はこれ以上ないくらいの快晴。当然ギャラリーもラッシュアワー並の混雑になります。

Img_0542

そんな過密状態の中始まった午後のメインイベント,「ブルーインパルス」。

予想以上の大パノラマ,大迫力で,夫婦そろって大歓声&大興奮。

完全に素人の感覚ですっとんきょうな歓声をあげてしまいました。望遠レンズを構えた航空マニアのおじさんたちが隣に何人もいるにもかかわらず・・・。

Img_0531

圧巻の華麗な戦闘機のショーは当然一大スペクタクルでしたが,パラシュート隊の降下もこれはこれで見応えがありました。

輸送機から降下を開始する瞬間は,無事にパラシュートが開くか冷や冷やものなのですけれど,開花した後は地上に降り立つまでかなり地道な時間が流れます。

ひたすら風に身を任せるしかない隊員たち。横一列に並んだその景色は,素晴らしいチームワークを想像させるのと同時にとても愛嬌のあるなんだかかわいらしい図柄でもありました。

すべて税金という生々しい話はさておき,日ごろの訓練の積み重ねは相当なものなのでしょう。

どんな道でもその道を究めるというのは誰が何と言おうとすごいことであるわけです。

「こんな飛び方できても,実際の有事の戦闘場面ではまず使う必要のないテクニックなのだろうなぁ」などと思いつつも,やはり敬意を表さないわけにはいかない気持ちになったのでした。

2007年12月 5日 (水)

だてに国宝ではない

だてに国宝ではない

体の不調からようやく解放されると、何かと行動力が増してくるものです。

アフターを用い、ずっと見たくてもなかなか見れなかった「鳥獣戯画」とついに接見してまいりました。

写真は当然本物ではなく、見終わった後衝動買いした特製戯画クリアファイル・・・。

正式には「鳥獣人物戯画絵巻」というらしいですが、甲乙丙丁と4巻に分かれており、社会科の資料集などでも有名な甲巻(動物を擬人化した描写)だけでなく、動物が動物らしい動きをしている乙巻、作者が明らかに違っている(筆のタッチが違う)丙巻等、実際は奥が深く、描かれた時代も平安~鎌倉頃とあいまいで、作者も誰が描いたかいまだにはっきりとわかっていないなど、多くの謎が残されている「世界ふしぎ発見」的な作品なのです。

僕が中学校でこの作品に初めて出会ったとき、先生からは確か「鳥羽僧正」作と覚えるよう言われた記憶があります。しかし、やはり研究者の間では「作者不詳」とする答えのほうが大勢を占めているようですね。美術館の中の但し書きにもそういう見解が出ていました。

まぁ、そのようなウンチクはさておき、本場京都は高山寺からはるばる上京してきた本物のジェニュインなこの絵巻物をそれこそノーカット完全版でじっくり味わうという体験は、想像以上の感動エクスピアリエンスでありました。

まず何がすごいって、描かれる素地になっている和紙の変色具合、その年季です。これは実際に見た人でないとわからないかもしれませんが、紙の継ぎ目の一つひとつに微妙な裂け目が生まれていて、そこが薄く変色していたりするのです。もちろん誰かが故意に破こうとしたわけではないはずです。自然と年月が経過した結果なのだと思います。人工的に作ろうとしてもこのような色にするのは無理でしょう。

その上に躍動感あふれる墨の筆が縦横無尽に駆け巡っているわけです。縦横無尽といっても岡本太郎のような力強い線が3メートル四方にわたって駆け巡っているのではなくて、繊細な職人技のような細い線の集合体がそこにはあります。

線ひとつとってみる限りではさほどダイナミックな印象を持ちませんが、それが蛙を形作り、猿の坊さんを描くようになり、ウサギが相撲を取る動作を形成すると、とたんに躍動感が出てきます。

これはもうタッチの差、というか筆力とでも言うべきなんでしょうか。描いた方のセンスと筆さばきに脱帽するしかありません。

首引き、法会、双六、囲碁etc、当時の風習を伝える内容に終始しますが、描かれている人間(擬人化された動物たち)の行動は今の我々自身と重ね合わせても何ら大差ないことに気づくでしょう。

集まって話し合いをしている様子、目上の者にゴマをすっている様子。我々に代わって兎や蛙が演じているだけで、現代のサラリーマン社会の縮図ではないですか。

それにしてもよくもここまで滑稽に描写できるものです。本物を見るとそのアンチテーゼがイキイキとこちらに伝わってきます。

ほかに「長尾模本」、「住吉模本」といった古くから由緒ある家系に伝承されてきた鳥獣戯画の写しシリーズや、狩野派が描いた鳥獣戯画なども展示されており、いかにこの作品が後世に影響を及ぼしたかを知ることができます。

単純に考えて影響力がないはずがありませんね。だって現にこうして展覧会を開けば、たくさんの現代人が足を運び、昔の人たちと変わらぬユーモアを感じ、いつの時代も人間社会はこうだよなぁ、と誰もが共感する要素がこの絵巻物には描かれているわけですから。

サントリー美術館を出てミッドタウンの澄んだ空気を吸い込みながら、改めて「ペンは剣より強し」を身にしみて感じた次第でした。

しかし、この絵巻物を描いた作者、特に甲巻の作者。一体どんな人物だったのだろう。やはり気になるなぁ・・・・

深い英知に裏打ちされた知識人だったのだろうか。それとも名前もわからないような下級階層の一画師が描いた生涯の傑作だったのか。

万人に認められるブラックジョーク。こういう一風変わったスパイスを投げかけることのできるオトナになりたいものです。。

2007年7月22日 (日)

ゴロリと

ゴロリと
版画家、早川純子氏の個展に足を運ぶ。

教科書という仕事の縁もあって、優れた芸術家の人柄と作品に直に接することができるのは非常に嬉しい。

以前、小学校で立体作品の授業を特別講師のような形で務められており、その時に少し話をさせてもらうことができたのだった。

ご本人いわく、版画が専門なので立体は趣味に近い、というようなことをおっしゃっていたけれど、今日版画の横でいくつか立体作品を見せて頂いて、素人感覚の僕にはとても片手間で造っている作品には思えなかった。

今回の「ゴロリ」シリーズは、様様なパターンがあり、満月の下で寝転んでいたり、川の真ん中でゴロリしていたり、「ゴロシカ」という「鹿」が登場してきたりと、とにかく見ているこちらを和んだ気分にさせてくれる。

エッシャーのように計算し尽くされた構図ではないところが、逆にほどよい間を生み出し、風通しのよい空間を木版の中に与えているのだろうと思う。

ギャラリーの建物が以前接骨院だったということが案内状に書かれていた。それで「ゴロリ診察室」なのかな、と思っていた。

でも、帰り道を散策しながら、「心の診察室」か、とも思った。

このページを早川さんに見つかったら怒られてしまうけれど(笑)

自己満足の領域で執筆しております。あくまでそのような範疇で・・・。

2007年5月23日 (水)

MONET

MONET

国立新美術館でクロード・モネの大回顧展を観てきた。

平日の午前にもかかわらず、ものすごい人出。すでに20分待ち。まだいいほうなんだろうけど。

さすが日本人は「印象派好き」である。

せめて半分くらいミッドタウンに流れてくれればいいのに。いくらなんでも今度の美術館は立地が悪すぎる(美術館だけのために来る人が少ないのでは?)。

まぁ、最初こそ気分悪かったが、モネワールドにすぐに惹き込まれてしまったので、問題なかった。

煙、霧といった事象を好んで描いていたこともそうだが、色に先入観を持ちたくない方だったんだろう。光は白、影は黒といった人間の観念的な色彩感覚を極力排除した作風が特徴である。

解説にも書いてあったとおり、「鑑賞者に色を判断してもらう」くらいの心づもりだから、草は緑とか、この建物は紺色だ、とか決め付けない。天候によっては同じ緑でもずいぶん見え方が違ってくるだろう。快晴の日に紺色の建物でも、霧雨の降る日に描けば、霞んで見えるかもしれない。そういうこと。

素人目に見ても、その微妙な雰囲気の抽出のうまさには驚嘆してしまう。

白黒つけず、あいまいさを残しつつ忠実に描き出す。微妙なところだけど、これが観る者を惹きつける。日本人はこの「あいまいさ」の中に、作者との感覚的な共通理解を見出してうんうんと頷くのかもしれない。

エネルギーを持て余したおばちゃんグループのおしゃべりも途中から気にならなくなった。名画の力はすごい。観て誰もが感じることをわざわざ口に出して解説してくれなくたっていいのだ。名画の前では感情優先の短絡的な感想は不要である。

黙ってただ目の前に見える構図と色の世界に足を踏み入れればいいだけの話だ。ナルニア国物語の子供たちのように、何もわからないまま洋服ダンスの向こう側の世界に足を踏み出してみればいい。

東京ミッドタウンは渋谷・新宿より混み合っている気がしたが、もう1年くらい経てば皆飽きてくることだろう。

高級車で乗りつけたり、一生懸命調べ上げて流行に遅れまいと必死になっている人々の頑張りには、「頑張ってください」としか言いようがないんだけれど、たまには過去が誇る「普遍的な遺産」に目を通すのも違う発見や刺激があると思う。

でも、美術館が混んでいる時はぜひミッドタウンで流行を追っかけていていただきたいと願っている。

2006年8月27日 (日)

幻想交響曲

幻想交響曲

エクトル・ベルリオーズが作曲した、「幻想交響曲」(Symphony Fantastique)。

眠る前なんかによく聴く音楽です。

ベートーヴェンやモーツァルトの交響曲と違って、それぞれの楽章ごとに表題がつけられており、「夢・情熱」、「舞踏会」、「野の風景」、「断頭台への行進」、「サバトの夜の夢」の5楽章から成り立っています。

一番有名なのは「舞踏会」で、聴いたことがある方も多いでしょう。

僕は特にどの楽章がお気に入りというのはなく、全体的にホワ~っと包み込むような文字通り幻想的な雰囲気と、若きベルリオーズの情熱ともいうべき、力強い旋律のコントラストに魅力を感じます。

この曲を初めてCDで聴いたときは、何がなんだかよくわからなくて、すぐ飽きてしまい、しばらく聴かないまま時が経ちました。

でも、不思議なものですね。ある時聴き直してみると、飽きるどころか、どんどん頭の中にイマジナティブな空想が広がり(そんな気がするだけ)、胃の調子が悪くなるような嫌な事とか、一時的ですが忘れることができたりしました。

写真は、この作品のひとつの頂点といえる名演を披露してくれる、カラヤン/ベルリン・フィルの有名なCDです。「幻想」という部分に焦点を当てるならば、この組み合わせは本当に素晴らしいです。弦も管も打楽器も、まったくぼやけてしまってて、どう旋律が転んでいるのやら定かではないんですが、そのホワ~っとした朝霧のような情景が、聴き手の心にも乗り移り、気分次第では僕のように眠ることができます。

ほかにも、ズビン・メータ/ニューヨークフィルとか、シャルル・ミュンシュ/ボストン交響楽団、アンドレ・クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団など、素晴らしい時間を約束してくれる名演はたくさん残っていますが、そこまで何回も眠る必要があるかどうかは、また眠れるかどうかもわかりません。

いずれにせよ、肩肘張って聴くような「硬い」音楽ではないはずです。

そうですよね?

ってベルリオーズに聞いたら、何てお答えになるんでしょうか・・・。

より以前の記事一覧